英文の『The Elephant Vanishes:像の消滅』、と村上原作の『像の消滅』との比較
Reviewed in Japan on December 22, 2019
緒言:作業方法を含む少し理屈っぽい主題の小説、特に村上の短編小説の場合、最後の2ページくらいを使って、物語の結論、総括、摘要、あるいは「まとめ」のような事が書かれていることが多い。まるで、膨大な本数の論文の内容をおおまかに頭の中に記憶しておくことを要求される研究者が、最低限そこだけ読めば、ある程度論文の全体がわかるようにと、論文の先頭に置かれる「Abstract (摘要), あるいはSummary (まとめ)、と記されている」のように。ここでは【レビュー規則に則って】、英文の『像の消滅』の、最後の部分を少しだけ抜き出し、レビュアーが翻訳し、村上オリジナルの『像の消滅』の文章と、どの程度同じで、どの程度異なるのか検証してみた。 結果この小説の最後の部分Page 326, Line 20から1ページ程度に焦点をあて《その部分の英文》、《レビュアーの訳文》、最後に《村上の原文》を掲載した。《英語翻訳版 by Joy Rubin》Page 326, Line 20 That was all I could say about the elephant’s disappearance. And just as I had feared (躊躇する), the story of the elephant was too particular, too complete in itself, to work as a topic of conversation between a young man and woman who had just met. A silence descended upon (上に降りかかった) us after I had finished my tale. What subject could either of us bring up after a story about an elephant that had vanished――a story that offered (提供する) virtually no openings for further discussion? She ran her finger around the edge of her cocktail glass, and I sat there reading and rereading the words stamped on my coaster. I never should have told her about the elephant. It was not the kind of story you could tell freely to anyone. “What I was a little girl, our cat disappeared ,” she offered after a long silence. “But still, for a cat to disappear and for an elephant to disappear――-those are two different stories.” “Yeah, really. There’s no comparison. Think of the size difference.”Their minutes later, we were saying good-bye outside the hotel. She suddenly remembered that she had left her umbrella in the cocktail lounge, so I was went up in the elevator and brought it down to her. It was a brick-red umbrella with the large handle. “Thanks,” she said. “Good night,” I said. 《レビュアーによる翻訳》これが、象の消滅について言える、僕の話のすべてです。そして僕がちょっと躊躇するのは、会ったばかりの若い男と女が話し合う話題としては、この象の話があまりに特殊で、あまりにそれ自体が完結していることです。 僕が話を終えると、静寂が僕たちの上に降りてきた。 象が消滅したという話題の後に、僕たちはどんな話をすればよいのだろう―――この像の話のあとでは、ふたりのテーブルに遡上する物語は、事実上なんの広がりももたないことでしょう。彼女はカクテル・グラスの縁を指でなぞり、僕も坐って、カウンターの上にある自分のコースターに書いてある文字を何度も繰り返し読んでいた。僕は象については話題にしないようにした。それは誰彼となく、話して良いような話題ではなかったのです。「私が小さな子どもの頃、うちのネコがいなくなったの」と長い沈黙の後、彼女は言った。「ネコがいなくなるのと、象が消えてしまうのでは―――随分違うわよね」「そうだね、比較するのは無理かも。第一、大きさからしてずいぶん違うからね」三十分後、僕たちはホテルの外で別れた。その時、カクテル・ラウンジに傘を置いてきたことに彼女が気が付いた。僕はもう一度エレベターで引き返し、彼女の傘を取って来た。大きな取っ手の赤レンガ色の傘だった。 「ありがとう」と彼女は言った。「おやすみなさい」と僕は言った。《村上原文》ページ424, 13行目から それが象の消滅についての僕の話の全てだった。僕が最初に予想したように、その話は知りあったばかりの若い男女が語りあうには話題としてあまりにも特殊だったし、それ自体が完結しすぎていた。僕が話し終えると、しばらく二人のあいだに沈黙が下りた。消えた象についての殆ど何のとりかかりもない話のあとにいったいどんな種類の話題を持ち出せばいいのか、僕にも彼女にも見当がつかなかった。彼女はカクテル・グラスの縁を指でなぞり、僕はコースターに印刷された文字を二十五回くらい読みかえした。僕はやはり象の話なんてするべきではなかったのだ。それは口に出して誰かに打ちあけるような類の話ではなかったのだ。 「昔、うちで飼っていた猫が突然消えちゃったことがあるけれど」とずっとあとで彼女が口を開いた。「でも猫が消えるのと象が消えるのとでは、ずいぶん話が違うわね」 「違うだろうね。大きさからして比較にならないからね」と僕は言った。 その三十分後に我々はホテルの入り口で別れた。彼女がカクテル・ラウンジに傘を忘れたことを思い出したので、僕がエレベーターに乗って取りに戻った。柄の大きなレンガ色の傘だった。 「どうもありがとう」と彼女は言った。 「おやすみ」と僕は言った。 考察わたしは、この物語を「象と飼育員さんの愛の物語」、と思いながら読ませていただきました。【英文翻訳について】この物語の、最後の部分を少し長めに切り取って、《英語翻訳文》、《レビュアーの英訳》、そして《村上原文》の順で記述してみました。やってみてすぐに気がついたのは村上の原作のすばらしさです。言い訳をするのですが、村上の文章の素晴らしさはレビュアーの英訳の稚拙さもありますが、英文本体が持っている翻訳の持つ弱さにも、かなりの原因があるように思えてなりません。村上の文章には細部にかなり凝った表現があります。それを英語への翻訳者がどれくらい注意深く英文の中に取り入れているのか、わたしは、この英文への翻訳者Jay Rubin 氏にはできていないと思います。【100%存在する、この三次元世界の “外の世界” はどうなっている?】この物語と直截的には関係しないですが、わたしは、以下のようなことを(たまに)考えます。ひとは良くも悪くも、自分の想像の範囲でしか物事を考えられない動物です。サルよりは、少しだけ広い想像範囲の拡張がある方も・・・・稀におりますが。 例えば、こんな仮説(物理的事実というべきかもしれませんが)はどうでしょうか。我々が暮らしているこの宇宙のすぐ隣には、別の次元の世界があり、そこではあらゆる物にとって、持つベき絶対的質量・体積・時間経過はパラメターとしての意味をなさない(時間も空間も質量もない、いわば魂のみの世界、と言えるかも)。我々が宇宙の始まりを説明される際、説明者は、A4くらいの白い紙の上に、細い芯の鉛筆で、小さな小さな黒い点を描き、ビッグ・バンが起きると黒点から、紙の右方向に広がる長いラッパのような図を描いてくれる(なぜだか、殆どの人は、左から始まり右に向かう、時間の流れにする)。実は、私たちは、そんなことは質問していないのです。本当の質問は、「A4の白い紙って、いったいどのような構造なのですか? 「無」から「有」が生ずるって、何のですか?「我々の宇宙の外(隣の次元)は(ラッパの外側の広いスペース)はどうなっているのですか?」ということに帰結すると思う。《使用小説》Haruki Murakami (translated by Jay Rubin), The Elephant Vanishes, 出版社 Vintage村上春樹 像の消滅 短編選集 1980 – 1991、出版社 新潮社
英文の『The Elephant Vanishes:像の消滅』、と村上原作の『像の消滅』との比較
Reviewed in Japan on December 22, 2019
緒言:作業方法を含む少し理屈っぽい主題の小説、特に村上の短編小説の場合、最後の2ページくらいを使って、物語の結論、総括、摘要、あるいは「まとめ」のような事が書かれていることが多い。まるで、膨大な本数の論文の内容をおおまかに頭の中に記憶しておくことを要求される研究者が、最低限そこだけ読めば、ある程度論文の全体がわかるようにと、論文の先頭に置かれる「Abstract (摘要), あるいはSummary (まとめ)、と記されている」のように。ここでは【レビュー規則に則って】、英文の『像の消滅』の、最後の部分を少しだけ抜き出し、レビュアーが翻訳し、村上オリジナルの『像の消滅』の文章と、どの程度同じで、どの程度異なるのか検証してみた。 結果この小説の最後の部分Page 326, Line 20から1ページ程度に焦点をあて《その部分の英文》、《レビュアーの訳文》、最後に《村上の原文》を掲載した。《英語翻訳版 by Joy Rubin》Page 326, Line 20 That was all I could say about the elephant’s disappearance. And just as I had feared (躊躇する), the story of the elephant was too particular, too complete in itself, to work as a topic of conversation between a young man and woman who had just met. A silence descended upon (上に降りかかった) us after I had finished my tale. What subject could either of us bring up after a story about an elephant that had vanished――a story that offered (提供する) virtually no openings for further discussion? She ran her finger around the edge of her cocktail glass, and I sat there reading and rereading the words stamped on my coaster. I never should have told her about the elephant. It was not the kind of story you could tell freely to anyone. “What I was a little girl, our cat disappeared ,” she offered after a long silence. “But still, for a cat to disappear and for an elephant to disappear――-those are two different stories.” “Yeah, really. There’s no comparison. Think of the size difference.”Their minutes later, we were saying good-bye outside the hotel. She suddenly remembered that she had left her umbrella in the cocktail lounge, so I was went up in the elevator and brought it down to her. It was a brick-red umbrella with the large handle. “Thanks,” she said. “Good night,” I said. 《レビュアーによる翻訳》これが、象の消滅について言える、僕の話のすべてです。そして僕がちょっと躊躇するのは、会ったばかりの若い男と女が話し合う話題としては、この象の話があまりに特殊で、あまりにそれ自体が完結していることです。 僕が話を終えると、静寂が僕たちの上に降りてきた。 象が消滅したという話題の後に、僕たちはどんな話をすればよいのだろう―――この像の話のあとでは、ふたりのテーブルに遡上する物語は、事実上なんの広がりももたないことでしょう。彼女はカクテル・グラスの縁を指でなぞり、僕も坐って、カウンターの上にある自分のコースターに書いてある文字を何度も繰り返し読んでいた。僕は象については話題にしないようにした。それは誰彼となく、話して良いような話題ではなかったのです。「私が小さな子どもの頃、うちのネコがいなくなったの」と長い沈黙の後、彼女は言った。「ネコがいなくなるのと、象が消えてしまうのでは―――随分違うわよね」「そうだね、比較するのは無理かも。第一、大きさからしてずいぶん違うからね」三十分後、僕たちはホテルの外で別れた。その時、カクテル・ラウンジに傘を置いてきたことに彼女が気が付いた。僕はもう一度エレベターで引き返し、彼女の傘を取って来た。大きな取っ手の赤レンガ色の傘だった。 「ありがとう」と彼女は言った。「おやすみなさい」と僕は言った。《村上原文》ページ424, 13行目から それが象の消滅についての僕の話の全てだった。僕が最初に予想したように、その話は知りあったばかりの若い男女が語りあうには話題としてあまりにも特殊だったし、それ自体が完結しすぎていた。僕が話し終えると、しばらく二人のあいだに沈黙が下りた。消えた象についての殆ど何のとりかかりもない話のあとにいったいどんな種類の話題を持ち出せばいいのか、僕にも彼女にも見当がつかなかった。彼女はカクテル・グラスの縁を指でなぞり、僕はコースターに印刷された文字を二十五回くらい読みかえした。僕はやはり象の話なんてするべきではなかったのだ。それは口に出して誰かに打ちあけるような類の話ではなかったのだ。 「昔、うちで飼っていた猫が突然消えちゃったことがあるけれど」とずっとあとで彼女が口を開いた。「でも猫が消えるのと象が消えるのとでは、ずいぶん話が違うわね」 「違うだろうね。大きさからして比較にならないからね」と僕は言った。 その三十分後に我々はホテルの入り口で別れた。彼女がカクテル・ラウンジに傘を忘れたことを思い出したので、僕がエレベーターに乗って取りに戻った。柄の大きなレンガ色の傘だった。 「どうもありがとう」と彼女は言った。 「おやすみ」と僕は言った。 考察わたしは、この物語を「象と飼育員さんの愛の物語」、と思いながら読ませていただきました。【英文翻訳について】この物語の、最後の部分を少し長めに切り取って、《英語翻訳文》、《レビュアーの英訳》、そして《村上原文》の順で記述してみました。やってみてすぐに気がついたのは村上の原作のすばらしさです。言い訳をするのですが、村上の文章の素晴らしさはレビュアーの英訳の稚拙さもありますが、英文本体が持っている翻訳の持つ弱さにも、かなりの原因があるように思えてなりません。村上の文章には細部にかなり凝った表現があります。それを英語への翻訳者がどれくらい注意深く英文の中に取り入れているのか、わたしは、この英文への翻訳者Jay Rubin 氏にはできていないと思います。【100%存在する、この三次元世界の “外の世界” はどうなっている?】この物語と直截的には関係しないですが、わたしは、以下のようなことを(たまに)考えます。ひとは良くも悪くも、自分の想像の範囲でしか物事を考えられない動物です。サルよりは、少しだけ広い想像範囲の拡張がある方も・・・・稀におりますが。 例えば、こんな仮説(物理的事実というべきかもしれませんが)はどうでしょうか。我々が暮らしているこの宇宙のすぐ隣には、別の次元の世界があり、そこではあらゆる物にとって、持つベき絶対的質量・体積・時間経過はパラメターとしての意味をなさない(時間も空間も質量もない、いわば魂のみの世界、と言えるかも)。我々が宇宙の始まりを説明される際、説明者は、A4くらいの白い紙の上に、細い芯の鉛筆で、小さな小さな黒い点を描き、ビッグ・バンが起きると黒点から、紙の右方向に広がる長いラッパのような図を描いてくれる(なぜだか、殆どの人は、左から始まり右に向かう、時間の流れにする)。実は、私たちは、そんなことは質問していないのです。本当の質問は、「A4の白い紙って、いったいどのような構造なのですか? 「無」から「有」が生ずるって、何のですか?「我々の宇宙の外(隣の次元)は(ラッパの外側の広いスペース)はどうなっているのですか?」ということに帰結すると思う。《使用小説》Haruki Murakami (translated by Jay Rubin), The Elephant Vanishes, 出版社 Vintage村上春樹 像の消滅 短編選集 1980 – 1991、出版社 新潮社